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研究課題1:母体と胎児を結ぶ分子ネットワーク

胎児は,母親から「胎盤」を通して成長のために必要な様々な物質を受け取り,逆に不要な物質を母親に渡しています。母体と胎児の間を仕切る胎盤には「胎盤バリア」という構造があるため,多くの物質は母体と胎児の間を自由に行き来することはできません。これによって胎児は外部の環境から保護されています。このバリアを超えるためには,それぞれの物質に特異的な担体(運び屋)が準備されており,これを使って母体から胎児に,また胎児から母体へ運ばれます。ちょうど宅配便のトラックでモノが配達される仕組みとよく似ています。これに対して,私たちは,モノではなくて情報だけが母体から胎児に運ばれる仕組みを発見しました。炎症性サイトカインの一種である白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor; LIF)を起点とし,母体ー胎盤ー胎児にまたがって炎症性シグナルが伝達される仕組みです。「母胎間シグナルリレー」と名付けられたこのシステムは,胎児の脳や造血組織の発生に深く関与していることが分かってきました。私たちは,この母胎間シグナルリレーをお母さんと赤ちゃんの間で交わされる分子の会話と捉え,私たちの研究テーマの中心において研究を展開しています。

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​母胎児間シグナルリレーの概要

研究課題2:メラノコルチンシステムの機能解析

ストレスホルモンの中核をなす副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone; ACTH)の多様な作用について研究を行っています。ACTHはプロオピオメラノコルチン(proopiomelanocortin; POMC)という前駆蛋白質の翻訳後修飾によって作られる短い蛋白質(ペプチド)です。POMCから派生する一群のペプチドはメラノコルチンと総称され,様々な生理活性を有することが知られています。我々はACTHが胎児の造血幹細胞の増殖と分化・成熟を促進することを発見しました。1から5まであるメラノコルチン受容体(MC1R-MC5R)が,造血幹細胞の発生・分化の段階で入れ替わることでACTHの作用を変化させることが分かりました。主に増殖に関わるのがMC2Rで,最終分化の脱核を促進するのがMC5Rです。赤血球が核を失う現象は,酸化によるDNA障害とそれによる癌化の可能性を根本から断つという意味で,生物がとった優れた戦略と言えます。その仕組みの一端がこの研究で明らかになったと考えています。iPS細胞から赤血球を作る場合,癌化を予防するためには核を取り除くことが非常に大切です。この発見が再生医学の分野で活用されることを期待しています。

さらに,皮膚を紫外線から守るうえで,MC5Rが重要な働きをしていることが明らかになりました(皮膚の脂質バリア形成)。その他、MC5Rは免疫調節にも関わっていることが報告され,その多様な機能が改めて注目されています。

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ACTH添加により脱核が誘導されたマウス赤血球(矢印)

研究課題3:母体のウイルス感染と自閉症

近年,自閉症スペクトラム障害(ASD)患者数の急激な増加は世界的に深刻な問題になっています(Identified Prevalence of Autism Spectrum Disorder, ADDM Network 2000-2016)。ASD発症要因の約50%を環境要因が占めることが分かっています。特に,妊婦の炎症性疾患の罹患と児のASD素因形成の間に密接な関係があると推測されています。様々な疫学データや動物実験の解析結果から,母親の炎症性サイトカインが胎盤を通過して胎児の脳で免疫を活性化させることで,脳の発生障害を引き起こすことが原因の一つと考えられています。これとは異なるメカニズムとして,私たちは,母体の炎症によって母胎間シグナルリレーが影響を受けて変調する可能性に注目しています。様々な実験によって,母体炎症が母胎間シグナルリレーの働きを阻害する証拠が集まってきました。これが脳の発生障害につながると考え,研究を進めています。 

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母体炎症の母胎間シグナルリレーへの影響

​赤線/矢印:想定される作用

研究課題4:組織透明化技術の開発

私たちは、独自の組織透明化プロトコルの開発に成功し,これを骨染色に最適化することでこれまでとは比較にならないほど迅速かつ簡便な全身透明骨染色標本作成法が完成しました。本学卒業生の内芝舞実さん(当時医学部2年生、現在は産婦人科医として大活躍)と八田の共同研究でこの技術を開発しましたが,きっかけは全くの偶然でした。講義の合間に研究室で実験をしていた内芝さんは,誤ってホルマリンと高濃度の界面活性剤と水酸化カリウムを一度に混ぜてしまい,その中にメダカの標本を入れて加温したまま授業に戻ってしまいました。後を頼まれた私はそのことをすっかり忘れて放置したのでした。組成を考えると短時間でバラバラになっていると予想されましたが,ダメ元で見てみると,破損など全くない見事な透明標本が出来ているではないですか。これが超迅速全身透明標本作製法(Rapid protocol for tissue clearing; RAP)のキモとなる,組織を固定しながら短時間で透明にしてしまう技術の発見でした。これに,骨染色を組み込んだものがRAP-B(RAP optimized for Bone staining)になります。従来法ではメダカでも完成までに3週間程度かかりますが,RAP-Bを使うと2~3日,RAP固定処理済みで保存されている標本であれば,わずか半日で全身透明骨染色標本を完成させることが出来ます。1897年にドイツの解剖学者Schultz博士が初めて全身透明骨染色標本の技術を発表して以来、100年超ぶりの全く新しいプロトコルになります。RAP-B法はキットとして販売されており,全国の水族館などで体験学習に活用されています。また、毎年夏に八田が主催する「ひらめき☆ときめきサイエンス」で,小学生が研究室に集まり,小魚やカエルの透明標本を作っています。現在,大型の有毛動物に最適化したRAP-B/HR,免疫染色用のRAP-IHCなど用途によって新しいバリエーションが追加されています。

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RAP法で透明化したゼブラフィッシュ標本

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